• 1984探訪

     三年間暮らした三軒茶屋から、東京の、住んだことのない街へ引っ越した。
     言わずと知れた世田谷の飲み屋激戦区。さんちゃ。ほんとうに、よく呑み、よく食べ、エンゲル係数と体重が増し増しな三年間であった。訪れる際には、おいしいお店をご紹介しますよ。ふふふ♡

     

     三軒茶屋といえば『1Q84』。
     冒頭で青豆さんがヤナーチェックのシンフォニエッタを聴きながら、首都高の非常階段を降りていくシーンが三軒茶屋である。『1Q84』刊行当時は関西に住んでいたのであまりイメージが湧かなかったけれど、物語のあのシーンに暮らす折角の機会なので文庫で読み直し、首都高の階段も探してみた。こういう巡る読書、大好物。しかし、非常階段は作中から想像する以上に剥き出しのハシゴで、ここ降りるの怖過ぎ!!という代物でした。

     

     ついでに、ジョージ・オーウェルの『1984』も並行読みしてみる。
     様々な箇所でリンクを感じたけれど、一番唸ったのはその文体。三人称で進む文に、唐突に主観の文章が混ざる描かれ方だ。とても自然に自分の居所が不明瞭になり、知らぬ間に不安の当事者になる。これは物語の世界だ、と思いながらも、本当に?これって現実では?と判断のつかない奇妙体験を両作で味わった。

     

     ちょうど新国立劇場で上演されている『1984』の舞台も観劇することに。
     強パースの空間と、ガラス一枚で世界の隔たりを演出する舞台装置が巧妙で、小説を読んで感じた自分の居所の不明瞭さを体感できる歪みの二時間。終盤は文章でも忍耐が要ったけど、可視化されるとゲッソリしてしまう迫力でした。(5月中旬までやってますよ!)

     

     再読した『1Q84』は、刊行時よりもずっと楽しく読めた。
     主人公の年齢に近づいたからかと思ったけれど、それよりも、作中でもキーとなる「過去」の存在が大きいと思う。私自身が持つ「過去」がより多くなったことで、おもしろく見えるものが増えたのだろう。
     しかし、『1984』と『1Q84』の主人公たちのように現在や未来をも閉ざしてしまう力のある「過去」ってのは、変幻自在の奇妙なやつで、影法師のように、家政婦は見たのように、ビッグブラザーのように、そこここからヒョッコリ現れてこちらを見ているわけで。時に目映い「思い出」に変身しちゃってさ。敵なの?味方なの?こんなにも身近に生活しているなんて、よくよく考えると不思議。

     

     結末は共通するようで、読後感がまったく違う二冊。分析し始めると切りが無いほど魅力と不思議と比喩で溢れているけれど、ただ単純に体験してみると、そこはもう違う世界かもしれない。

     

    2018.4