• 思い出の打率

    家で両親のことをパパ・ママと呼ぶ。
    外で会話に登場するときはお父さん・お母さん、更にかしこまって父・母となる。離れて暮らす今では、自分の口が「パパ」「ママ」と発する機会が圧倒的に減った。そんなことを考えて、大人になったんだなと寂しいような誇らしいような気持ちになる。しかし出世魚のように完全に存在を変えていくわけではなく、家に入ればいつでもスタンダードな姿に戻れるというのが家族のおもしろいところだ。

     

    7月の暑い日、夫と一緒に関西の祖母に会いに行った。
    母の母であるおばあちゃんは、昔からとても無邪気でセンスが良くお喋りが得意でチャーミングだ。
    この日も、20年近く前に行ったスペイン旅行の話を「先月行ってきましてん」というテンションで鮮やかに話してくれた。映画のような内容だったが、同じテンションで話される戦争の話はあまりに生活に近く、何かを押し付けられた訳でも無いのに、もっと強く生きなきゃなと私は思った。

    洋裁も得意な祖母は、その日私が着ていたワンピースを褒めてくれた。
    生成に金色の水玉がプリントされた生地で、裾の方にたっぷりギャザーが入っている。ここ数年落ち着いた色とデザインを好んで着ていたけれど「もっと可愛い!って感じが着たい」「揺れる服が着たい」と衝動的に夏のセールで買ったものだ。30代にしては可愛い過ぎるのかな?と思っていたのだったが「こんな形でギャザーが倍くらい入ったのん着てたわぁ、60歳のころ」と祖母。マジか!!あと30年はバンバン揺らしていこう。

    夫は祖母の関西弁が気に入った様で、自分にも真似できないかと話しながら帰った。
    阪急電車から見えるはブルーとグリーン。私の記憶に馴染んだ夏の風景だった。

     

    私達が帰った後も祖母はよろこんでいたと、あとで母からメールが届いた。
    夫も度々「最近で一番の大ヒット」とその日の会話を話題に出す。会話が出来たことが嬉しかったと言う。それは私の祖母と話せたという意味ではなく、「通じ合った」という確信のことだろう。
    こんなに100パーセントの出来事はなかなか無い。
    本当によかった。

     

    『かわいい夫』(山崎ナオコーラ/夏葉社)を読んだ。
    家族の生活はかけがえがなく、こうやって言葉に残すのはいいことだと純粋に思った。真面目で真っ直ぐな山崎さんの、家族へ向ける視線がとても熱いエッセイ。まだ夏は中盤だけれど、きっとこの夏いちばんの一冊だ!と感じている。この本に記されているような些細な出来事や会話、小さな後悔を、私は全部ぜんぶ見逃しているのではないだろうか。見逃している限り、もう新しい思い出は持てないのではないか。
    思い出が生まれる打率は年を重ねるにつれ下がるような気がしていたけれど、祖母のようにいつまでもドラマを生める人でありたい。