• 私と私の信用取引

    ちいさいころ、夫はうさぎのぬいぐるみをとても大事にしていた。らしい。
    写真を見ると、(これ、うさぎ…?)と思うほど愛し倒された姿で手に握られている。
    出かけるときも寝るときも一緒だった。そんな相棒と夫は、保育園へ通い出す直前にお別れをした。誰に相談する事も誰に宣言する事もなく、ひっそりと置き去りにして。(こまかい内容は違ってるかもだけど)
    男の子とうさぎは、その時なにを話したのだろう?
    「おれ、明日から一人でがんばるわ」とか話したのかな。胸があつい。

     

    私はこのエピソードが大好きだ。
    昨年(2016年)出版した絵本『さがそ!ちくちくぬいぬい』に登場する、うさぎのぬいぐるみの“ひげうさちゃん”と男の子の“ボクちゃん”。ボクちゃんの大事なボールを探してひげうさちゃんが一人で旅に出るお話は、このエピソードがベースになっている。
    ひげうさちゃんは行く先々で新しい出会いをし、素敵な友達をたくさん作ってボクちゃんの元へ帰ってくる。
    突如置き去りにされた夫のうさぎはきっとビックリしたと思うけれど、初めてぬいぐるみとして独立して世界に立ち、たのしい冒険をしただろう。という私なりの物語を込めた。

     

    村上春樹さんと川上未映子さんの『みみずくは黄昏に飛びたつ』を読んだ。
    村上さんが語り手、川上さんが訊き手となり、主に村上さんの創作についてを、井戸に潜るかのごとく深く解き明かした一冊。川上さんの探究心が凄まじく、その熱量と鋭さに興奮してしまう。川上さんこそが、村上さんの小説に登場する“パッと手を引いて僕をどこかへ導く女性”そのものだと感じた。
    その中で、「村上春樹と読者は信用取引が成立している」と語る内容が面白かった。

     

    「一生懸命時間をかけて、丹精込めて僕が書いたものです。決して変なものではありませんから、どうかこのまま受け取って下さい」って僕が言ったら、「はい、わかりました」と受け取ってくれる人が世の中にある程度の数いて…(134頁引用)

     

    私は自分を信じるのが苦手だ。
    一人で創作しているとなんだか世間一般に置いてかれている気がして、周期的にクヨクヨする。
    何度もおなじ場所に出来るニキビみたいに、クヨクヨは時期が来るとヒョコと顔を出し「君ってあれもこれも出来ないよね!」と言ってくるのだ。お節介なやつである。

     

    私「決して変なものではありませんから、どうかこのまま受け取って下さい」
    私「はい、わかりました」

     

     

    まさに前述引用のような村上読者の私は、2月に発売した『騎士団長殺し』も発売日(の前日の店着日)を指折り数えて待ち、読み終えた今また次の長編をたのしみにしている。この『騎士団長殺し』も”信じるか”について描かれた部分が光り輝いて感じた。

     

    たまに蓋を空けて顔を出すクヨクヨ。
    私は実のところ、このクヨクヨに愛着を持っている事に気が付いている。
    「出て行ってくれればなぁ」と思いつつ「人目に触れると非難されるからさ。中に隠れときなよ」と、居場所を作ってあげているのだ。その繰り返し。
    こういう存在って、誰にでも1つや2つはあるのだろうか?
    私には100個くらいある気がする。
    そういうやつらを今、1つずつ外に出し旅立たせることをしていこうと思う。
    男の子がうさぎと別れたように。(彼ほどひっそりとは出来ないけれど。)

     

    塞き止めていた川の支流に水を流す。
    人生ってそういう感じで広がっていくのかな、それって楽しいかも。と感じ始めた31歳です。
    遅いですかね?